イベントレポート:People & Organization
−違いを知り、組み合わせる。大学発スタートアップの「チーム」を考える。
2026年8月28日、エフラボ九大病院にて、「People & Organization」をテーマとしたイベントを開催しました。
当日は、PARKSの枠組みで採択された研究者を対象としたライフサイエンス分野の座学プログラムに続く形で本イベントを実施。大学教員・大学関係者約25名を中心に、企業、専門家、支援機関、当日の講師・登壇者などを含め、約40名が参加しました。
大学発スタートアップにとって、研究シーズや技術の強さはもちろん大事です。ただ、それを社会に届けて会社として続けていくとなると、「誰と進めるのか」「どのようなチームをつくるのか」がそのまま事業の行方を左右します。
そして、優秀な人材を集めることと、強いチームをつくることは別ものです。専門性や経験、価値観の異なる人材が同じ方向を向くためには、まずお互いの違いを知り、それをどう組み合わせるかを考える必要があります。
今回は、「理系と文系」というあえて大きな切り口から、人材・組織について考える参加型のディスカッションを実施。後半では、焼酎と各地域のアテを用いた体験型ワークショップを行いました。
頭で理解するだけでなく、選び、試し、対話し、自分の言葉で話す。
「違いを知り、組み合わせる」というテーマを、体感する時間となりました。

技術だけでは、会社はつくれない
大学発スタートアップにおける「人」と「組織」
イベント冒頭では、M&J COMPANY 紫藤 観より、大学発スタートアップにおける人材・組織をテーマとしたショートレクチャーを行いました。
本レクチャーは、先に学会のスタートアップ勉強会で講演した人材・組織に関する内容をベースに、今回の「People & Organization」のテーマに合わせて約15分に再構成したものです。
最初に取り上げたのは、同じ研究・技術を見ていても、研究者と事業側では「見えている景色」が違うということ。研究者は新規性や科学的妥当性、技術としての可能性を深く追求します。一方で事業側は、顧客、市場、競合、資金、人材、組織、知財、規制、さらには事業の継続性まで、複数の要素を同時に見ながら判断していきます。
どちらが正しいという話ではありません。
重要なのは、「相手は自分と違うものを見ているかもしれない」という前提を持ちながら、同じ目的について対話できるかどうかです。
会社をつくるというのは、法人を設立することだけではありません。事業を継続し、成長させていくためには、組織そのものも変化し続ける必要があります。
創業時に必要だった人材が、数年後も最適とは限りません。研究開発、資金調達、臨床開発、提携、海外展開など、会社のステージが変われば、必要な専門性や役割も変わっていきます。
だからこそ、人材について考える際に重要なのは、
「誰を採用するか」だけではなく、
「どのようなチームをつくるのか」
という視点です。
一人ひとりが優秀でも、それだけで組織が機能するわけではありません。
誰がどの役割を持ち、どのように組み合わせることで価値を出すのか。
まずはその視点を共有するところから、今回のイベントは始まりました。

「理系vs 文系」
あえて違いを可視化する
レクチャーに続いて実施したのは、「理系 vs 文系」をテーマとした参加型のパネルディスカッションです。
もちろん、「理系と文系のどちらが優れているか」を決める企画ではありません。
大学発スタートアップには、研究者だけでなく、経営、事業開発、人事、法務、知財、ファイナンス、投資、規制・薬事と、様々な人材が関わります。
同じ問いであっても、目を向けるポイントや結論に至るまでの道筋も人によって異なります。
その違いを、あえて目に見える形にすることが、このセッションの狙いでした。
文系側には、スタートアップの人材・組織支援に携わるM&J COMPANY紫藤 観、大手CROでCHROを務め、人事・組織づくりに長く携わってきた櫻井氏、そして大手法律事務所に所属し、バイオベンチャー支援に加え、制度づくりにも関わってきた弁護士の吉澤氏の3名が登壇しました。
吉澤氏は、創薬・ライフサイエンス領域のスタートアップ支援やエコシステム形成にも幅広く関わっており、法務という専門領域にとどまらず、事業化やスタートアップ支援の現場を多面的に見てきた一人です。
人材・組織、経営、法務、スタートアップ支援。それぞれ異なる立場から企業やチームづくりに関わってきたメンバーが、「文系側」として議論に加わりました。
一方、理系側は登壇者をあらかじめ固定せず、その場で会場から参加してもらう形式としました。
大学研究者やライフサイエンス領域のの事業化・イノベーション支援に携わる参加者など3名が「理系代表」として加わり、登壇者と参加者の境目をつくらないまま議論が進んでいきました。

○か、×か
「正解」ではなく、考え方の違いを知る
セッションでは、大学発スタートアップ、キャリア、組織に関する18の問いを用意しました。
例えば、
「『うちの技術は世界一』と思っている創業者には、バイアスがかかっている?」
「ビジネスモデルを作るのは、文系の仕事?」
「研究者創業者は、CEOを続けるべき?」
「起業前に、大企業経験は必要?」
「理系と文系では、リスクの捉え方が違う?」
といった問いです。
一見するとすぐに答えられそうな問いでも、実際に○と×の札を持つと手が止まる場面が少なくありません。
重要なのは、正解を当てることではありません。
「なぜ、自分は○を選んだのか」
「なぜ、相手は×を選んだのか」
その理由を言葉にすることです。
どのような環境で働き、どんな組織を見て、どのような成功や失敗を経験してきたかによって、判断は変わります。
その違いを可視化し、背景にある考え方まで共有すること自体が、このディスカッションの目的でした。

「起業前に、大企業経験は必要か」
会場がいちばん考え込んだ問いの一つが、
「起業前に、大企業経験は必要か」
というテーマです。
紫藤は悩みながら「○」を選び、大きな組織には多様な能力や経験を持つ人材が集まり、その中で自分の現在地を知り、周囲からフィードバックを受けながら成長できる機会があると説明しました。
また、大きな組織でマネジメントを担うためには、個人として成果を出すだけでなく、人を巻き込み、合意をつくり、交渉を重ねながら物事を前に進める力も求められます。
こうした経験は、その後スタートアップのような小さな組織を率いる側に回った際にも活きるという考え方が紹介されました。
一方で、大企業経験が起業の必須条件というわけではありません。
ここでも重要なのは結論そのものではなく、それぞれが異なる経験や背景をもとに判断していることを知ることでした。

研究者創業者は、CEOを続けるべきか
もう一つ、議論が深まったのが、
「研究者創業者は、CEOを続けるべきか」
という問いです。
大学発スタートアップでは、研究者がそのままCEOを務めるケースも多くあります。
一方、会社が成長していく過程では、当初描いた事業を変更するピボットが必要になる場合があります。ときには、創業の起点だった技術そのものについて、大きな方向転換を迫られることもあります。
長年その研究を続けてきた本人が、経営者としてその判断を下せるのか。
あるいは、会社の成長段階に応じて、経営を別の人に託す方がよいのか。
ここでも、「研究者はCEOに向いている」「研究者はCEOを続けるべきではない」
と一律に決めることが目的ではありません。
会社のステージが変われば、求められる経営者像も、組織の形も変わります。
その前提を持つこと自体が、チームづくりにおいて重要な視点となります。
「理系も文系も、いろいろな人がいる。それがいい」
議論の中で印象に残ったのが、大手組織でCHROを務める登壇者の櫻井氏の、
「理系も文系も、いろいろな人がいる。それがいい」
という言葉でした。
会社には、専門性も考え方も価値観も違う人がいます。
違うからこそ、それぞれが力を出せる役割や環境を考え、組織として束ねていく必要があります。多様な人材を抱える組織を見てきた立場だからこその視点が共有されました。
「人材」と「パッケージ」をセットで考える
法務の立場から登壇した弁護士の吉澤氏は、ライフサイエンス業界に詳しく、行政機関や海外アクセラレータとも一緒に数多くの事業に取り組んできた経験をもとに、大学発スタートアップには「人材」と「パッケージづくり」の両方が必要であるという視点が示されました。
優れた研究シーズや技術があっても、それをどのような事業として束ね、誰に、どのような形で届けるのかという設計がなければ技術は社会へ出ていきません。
人材も同じです。
単に優秀な人を採用するのではなく、その事業をつくり、動かしていくために、どのような役割を持つ人が必要なのかという順番で考える。
この視点は、人材と事業設計を切り離さずに考えることの重要性を改めて示すものでした。

今回のディスカッションでは、前提や事実を整理しながら論点を積み上げる意見もあれば、自身の経験や背景から考えを組み立てる意見もありました。
もちろん、これは「理系」「文系」で単純に分けられるものではありません。
むしろ、同じ問いに対して異なる思考のプロセスや伝え方があること自体が、このセッションで可視化されたポイントでした。
論理的に考える力も必要です。


人に共感を与え、ストーリーとして伝える力も必要です。
どちらかを選ぶのではなく、それぞれの強みを理解し、組み合わせること。
違いをなくすのではなく、違いを知る。
チームづくりは、そこから始まります。
議論から、体験へ
7本の焼酎と各地域のアテで考える「組み合わせ」
パネルディスカッションの後は、体験型ワークショップを実施しました。
今回用意したのは、九州を代表する焼酎7種と、九州各県・山口県の産地にちなんだアテです。
ただし、単なる懇親会ではありません。
前半で考えてきた、
「異なるものを組み合わせることで、どのような価値が生まれるのか」
というテーマを、今度は実際に試しながら考える時間です。
今回の焼酎も、単に手に入りやすいものを並べたわけではありません。
酒販店の店主と一本ずつ相談しながら、この時期ならではのもの、流通量が少ないもの、普段はなかなか目にする機会のないものを、それぞれの背景や特徴も聞きながら選びました。
アテについても、参加者が山口から沖縄まで各地域に縁を持つことを踏まえ、それぞれの土地を感じられるものを揃えました。
塩気のあるもの、甘いもの、その地域を代表するもの、少し意外性のあるもの。
山口のふぐせんべいや福岡のチロリアンなど、各地の食文化がテーブルに並び、味だけでなく、地域の話や参加者同士の会話が生まれるきっかけにもなりました。
焼酎やアテそのものを楽しむことに加えて、
ポイントは「おいしい」で終わらせないこと。
合うのか、合わないのか。
なぜそう感じたのか。
その理由を自分たちの言葉で説明し、相手に伝えるところまでをワークとしました。
会場は次第に肩の力が抜け、テーブルを越えて会話が広がっていきました。

「何と何を掛け合わせれば、新しい価値が生まれるか」
参加者に出した問いは、シンプルです。
「何と何を掛け合わせれば、新しい価値が生まれるでしょうか」
7本の焼酎と各地域のアテを自由に組み合わせ、自分たちなりの「良い組み合わせ」を探してもらいました。

前半から長時間参加している参加者の状況も踏まえ、複雑なルールは設けず、「試す・話す・伝える」というシンプルな体験設計としました。
焼酎は焼酎だけで価値があり、アテもそれぞれ単体で完成しています。
それでも組み合わせることで、単体とは違う表情が生まれます。
想像以上に合うものもあれば、期待した程ではないものもある。
チームも同じです。
能力の高い人材を何人集めても、それだけで強い組織になるとは限りません。
一方で、まったく異なるタイプの人が組み合わさることで、思いがけない力を発揮することもあります。
重要なのは、一人ひとりを個別に評価するだけではなく、
「組み合わせた時に、何が生まれるか」
という視点です。

意外な組み合わせが生んだ、活発な対話
ワークショップが始まると、参加者は次々と異なる組み合わせを試していきました。
地元の料理と地元の焼酎のような王道の組み合わせだけではなく、意外な取り合わせに挑むチームも現れました。
同じアテを選んでも、感想はチームによって異なります。
味覚も違えば、選ぶものも違う。
「良い組み合わせ」にも、唯一の答えはありませんでした。
各チームには、試した中から印象に残った組み合わせを選び、その理由を自分たちの言葉で発表してもらいました。


発表では次々と手が挙がり、遠慮のない意見が飛び交います。
自分たちが見つけた組み合わせを紹介する顔が、とにかく楽しそうです。九州という土地柄、焼酎への親しみがあったことも大きかったのかもしれません。
「それは試してみたい」
「こちらの組み合わせも面白い」
といった声が飛び交い、人がテーブルを越えて動き始めました。
登壇者、大学教員、企業、支援者といった肩書きの境界も次第に薄くなり、その場にいる人たちが一人の参加者として同じ体験を共有する時間となりました。
知らないうちに学ぶ
私たちが毎回、大切にしていること
Life Science Insightのプログラムを設計するうえで、毎回大切にしていることがあります。
それは、参加者に一方的に「学んでもらう」「交流してもらう」のではなく、気がつけば自ら考え、話し、体験しているような場を作ることです。
面白いから試してみる。
違う意見があるから、もう少し話してみる。
自分たちの発見が面白いから、誰かに伝えたくなる。
その結果、普段は接点のない人と話し、自分の考えを言葉にし、ときには人前で伝える。
こうした一連の行動が、特別なこととしてではなく、自然に生まれるプログラムであることを意識しています。
社会実装を進めていく過程では、研究者も研究室や大学の外へ出て、企業、投資家、事業開発、人事、法務、知財、規制・薬事など、異なる専門性や価値観を持つ人たちと関わることになります。
そこでは、専門知識だけでなく、自分とは異なる考え方を理解すること、自分の考えを相手に伝えること、違う意見を受け止めながら対話を深めることも重要になります。
だからこそ、
「積極的に発言してください」
「知らない人と交流してください」
と求めるのではなく、思わず参加したくなる仕掛けをつくる。
「学ぶ」「体験する」「人とつながる」を分けない。
それが、私たちがこのプログラムの中で大切にしている考え方です。

全員が参加し、全員が話す
「次も参加したい」と思える場へ
今回、特に印象的だったのは、登壇者だけでなく会場全体が一緒に参加していたことです。
○×ディスカッションでは、会場からその場で参加してもらい、ワークショップでは参加者自身が組み合わせを試し、自分たちなりの答えを見つけ、発表しました。
誰かが教え、誰かが一方的に受け取るだけの場ではありません。
その場にいる全員が、自身の経験や感覚を持ち寄り、一つのテーマを一緒に考える。
その光景が、今回のイベントを象徴していました。
イベント終了後には、
「次も参加したい。参加してもよいですか」
という声も寄せられました。
アンケートでも、「とても楽しかった」「また参加したい」といった声がありました。
この「楽しかった」という感覚も、単なる満足度として捉えているわけではありません。
好奇心が動くことで、普段なら話さない人と対話し、選ばない選択肢を試し、自分の意見を表現する。
そうした行動につながることも、このプログラムで重視している点です。
エコシステムは、いまバイオベンチャーを経営している人だけでつくられるものではありません。研究者、大学、企業、専門家、支援機関、投資家、そしてこれから関わるかもしれない人。さまざまな人がどこかの時点で接点を持ち、そこから新たな関係や連携が生まれていきます。その入口を広く開いておくことも、エコシステムを育てるうえで重要です。
「違い」を知ることから、チームづくりは始まる
前半の「理系 vs 文系」では、人によって見ている景色も、結論までの道筋も異なることを体感しました。
後半のワークショップでは、単体でも価値のあるものが、組み合わせによって別の価値を生み出すことを体験しました。
一見するとまったく異なる二つのプログラムですが、根底にあるテーマは同じです。
違いを知り、組み合わせること。
大学発スタートアップも同じです。
研究の力だけでも、ビジネスの力だけでも十分ではありません。
誰か一人が優秀ならいいという話でもありません。
専門性も経験も考え方も異なる人たちをどう組み合わせ、一つのチームとしてどう価値を生み出していくのか。
「誰を集めるか」ではなく、
「どのようなチームをつくるか」
という視点が重要になります。
技術を社会へ届けるためには、技術だけでは越えられない壁があります。
その壁を越えるのもまた、人であり、チームです。
福岡・九州から広がる
多様な人材が交わるライフサイエンスエコシステム
ライフサイエンスエコシステムを形づくるのは、研究シーズや資金だけではありません。
異なる専門性を持つ人が出会い、必要なときに相談し、協働できる関係性もまた、地域にとって重要な資産です。
今回のイベントには、大学研究者、大学関係者、人事・組織の専門家、法務の専門家、企業、ライフサイエンスの事業化支援に携わるプレイヤーなど、多様な立場の参加者が集まりました。
背景の異なる人が同じ問いについて考え、互いの視点を知り、同じ体験を共有する。
そこから次の関係や対話が生まれていきます。
大学発スタートアップの成長には、研究者だけでなく、多くの専門家や支援者が関わります。そして、どのタイミングで誰と出会うかによって、その後の選択肢は大きく変わります。
必要になってから人を探すのではなく、日頃から異なる立場の人と接点を持っておくこと。その積み重ねが、地域全体の力にもつながっていきます。
福岡・九州には、大学、研究者、企業、投資家、専門家、支援機関など、多様なプレイヤーが存在しています。
それぞれが個別に活動するだけではなく、立場を越えて交流し、互いの専門性や経験を持ち寄ることで、地域全体として新たな価値を生み出す可能性が広がります。

今回のイベントも、その一つの接点となりました。
おわりに
Life Science Insight「People & Organization」は、大学発スタートアップの人材・組織をテーマに、異なる専門性や考え方を持つ人が、チームとして機能するためには何が必要かを考える機会となりました。
「理系 vs 文系」の○×ディスカッションを通じて、同じ問いであっても、立場や経験によって見え方が異なることを知る。
焼酎と各地域のアテを用いたワークショップを通じて、異なるものを組み合わせることで新たな価値が生まれることを体感する。
そして、登壇者と参加者という境界を越え、全員が一緒に考え、話し、自らの言葉で伝える。
その一つひとつが、社会実装を進める上で重要な経験です。
違いをなくすのではなく、違いを知る。
優秀な人を集めるのではなく、強いチームをつくる。
技術を社会へ届ける過程では、技術だけでは越えられない壁があります。
その壁を越えるのもまた、人であり、チームです。
Life Science Insightでは今後も、研究者、企業、投資家、専門家、行政、支援機関など、多様な立場の人が互いの視点を知り、新しい挑戦や共創につながる対話と出会いの場をつくっていきます。
