電話お問い合わせ
資料ダウンロード

イベントレポート:研究を社会へつなぐのは、完成したデータよりも「対話」

2026年7月8日、「From Research to Global Impact:ボストン創薬スタートアップとカンパニークリエーションの最前線から」を開催しました。

基調講演には、ボストンの創薬スタートアップMatchpoint TherapeuticsでSenior Principal Scientistを務める寒原裕登氏が登壇しました。

トークセッションには、株式会社ファストトラックイニシアティブで、アカデミアシーズを起点としたカンパニークリエーションに取り組む桐谷啓太氏と、九州大学大学院で研究を続けながら、Saisei VenturesのGraduate Associateとして創薬・バイオ領域の投資検討に携わる野寄裕暉慧氏が加わりました。

研究者は、スタートアップでどのような価値を発揮できるのでしょうか。VCは、研究のどの段階から関わるべきなのでしょうか。そして、福岡・九州に創薬エコシステムを育てるには、何が必要なのでしょうか。

当日の議論から、その手がかりを探ります。

研究テーマの変化が、次のキャリアを開いた

寒原氏が渡米前に取り組んでいたのは、C型肝炎の基礎研究でした。

当時、C型肝炎は治療が難しい疾患でしたが、その後、直接作用型抗ウイルス薬が登場し、多くの患者が飲み薬で治療できるようになりました。

患者にとっては大きな進歩である一方、研究者にとっては、それまで取り組んできた研究領域の前提が変わることを意味します。

寒原氏はその後、Harvard Medical Schoolで免疫研究に取り組みました。しかし、次に選んだのは大学のポジションではなく、ボストンの創薬スタートアップでした。

転機となったのは、自身が発表した論文です。

「ガスターミンDに関する論文を見た会社から、『同じようなターゲットを研究しているので、うちに来ないか』と直接声をかけてもらいました」
寒原裕登氏

その後、研究内容の講演や、CEO・CSOを含むメンバーとの面接を経て、Quench Bioへの入社が決まりました。

ボストンでは、研究者の論文や専門性が、学術的な実績として評価されるだけではありません。創薬プロジェクトを前へ進める能力として見いだされ、採用や起業の機会につながることがあります。

ただし、優れた研究成果を出していれば、機会が自動的に届くわけでもありません。

研究成果を発信し、自分が何を研究し、どのような価値を提供できるのかを研究室の外へ伝えること。それが、グローバルなキャリアにつながる入口になります。

また、米国での就職にはビザという現実的な課題もあります。研究力や語学力に加え、海外で働くための制度や条件について、早くから情報を集めることも重要です。

日本、Harvard Medical School、創薬スタートアップ、ベンチャーキャピタルと、複数の環境で研究と会社づくりに携わってきた寒原裕登氏。

住宅ローンを組んだ翌日に、会社がなくなった

スタートアップへの転身は、最先端の創薬研究に携われる機会である一方、会社の存続そのものが科学的成果に左右される環境へ身を置くことでもあります。

米国の創薬スタートアップには、日本では想像しにくい規模の資金が集まります。

寒原氏が2019年に参画したQuench Bioは、シリーズAで約5,000万ドルを調達し、有望なバイオテック企業として注目されていました。

しかし、研究開発上のマイルストーンを達成できず、寒原氏の入社から約2年で会社を閉じることになりました。その決定が伝えられたのは、寒原氏が自宅を購入した直後でした。

「30年ローンを組んで家を買った翌日に、会社がなくなりました。一瞬、どうしようかと思いました」
寒原裕登氏

巨額の資金を調達していても、会社の成功や存続が約束されるわけではありません。

Quench Bioへの資金提供は、5,000万ドルが一度に支払われるのではなく、研究開発上のマイルストーンに応じて段階的に実行される仕組みでした。期待した成果が得られなければ、プロジェクトを延命せず、会社を閉じる判断が下されます。

一方、継続すると判断したプロジェクトには、資金を集中的に投入します。

寒原氏が現在所属するMatchpoint Therapeuticsは、創業時の社内チームが6人でした。しかし、複数のCROや外部専門家を活用することで、社外では20人以上がプロジェクトに関わっていました。

化合物のスクリーニングや薬効評価などを、専門性の異なる外部機関へ並行して依頼し、研究開発の速度を高めます。

「お金を使うことで、タイムラインを圧縮するのです」
寒原裕登氏

有望な仮説には資金と人材を集中させ、検証までの時間を短縮する。一方、マイルストーンを達成できなければ、早い段階で撤退する。

この「加速」と「見切り」の両方が、米国の創薬スタートアップを動かしています。

ただし、会社がなくなったからといって、そこで働いていた人材のキャリアまで終わるわけではありません。

Quench Bioの閉鎖後、同社を支援していたAtlas Ventureから、新たに立ち上げる会社へチームで参加してほしいと声がかかりました。寒原氏らはAtlas Ventureで研究戦略や創薬ターゲットを検討した後、創業メンバーとしてMatchpoint Therapeuticsへ移りました。

「会社は違いますが、メンバーは一緒でした」
寒原裕登氏

大学、VC、製薬企業、CRO、スタートアップが集積するボストンでは、会社が終了しても、人材と経験が次のプロジェクトへ移っていきます。

米国バイオテックの強さは、失敗しないことではありません。失敗したプロジェクトを早く閉じながら、そこで得た人材と経験を次の会社へ循環させられることにあります。

約5,000万ドルを調達したQuench Bioも、研究開発上のマイルストーンを達成できず閉鎖されました。寒原氏は、自宅を購入した翌日に会社の終了を知らされた当時の経験を語りました。

研究室の外で始まる対話が、次のプロジェクトを生む

こうした人材や経験の循環を支えているのが、組織の境界を越えた日常的な対話です。

トークセッションでは、大学発シーズとVCが関わり始めるタイミングについて、日米の違いが浮かび上がりました。

野寄氏がインターン先で同席した案件では、研究者が一定の実験データを積み上げた段階で、VCへ相談するケースが多いといいます。

「私が同席した案件では、先生方がある程度データを出された段階で相談に来られることが多いです。ボストンではアイデア段階から相談するというのは驚きでした」
野寄裕暉慧氏

九州大学大学院で研究を続けながら、Saisei VenturesのGraduate Associateとして創薬・バイオ領域の投資検討にも携わる野寄裕暉慧氏。研究室の外へ関心を広げ、インターンやコミュニティ活動を通じて現在のキャリアを築いてきました。

一方、米国では、まだアイデアや初期仮説しかない段階から、VCとの議論が始まります。

桐谷氏は、VCの役割は完成した研究成果を評価し、投資判断を下すことだけではないと説明しました。研究の早い段階から研究者と議論し、開発計画や会社の構想を組み立てることも、カンパニークリエーションを担うVCの重要な役割です。

FTIが東京大学の研究者と立ち上げた創薬スタートアップの事例では、最初の面談から約1年の間に、研究計画の作成、医薬品のコンセプト設計、特許戦略の検討、人材の確保までを一緒に進めたといいます。

「先生と初めてお会いしてから約1年で、リサーチプランの作成、薬のコンセプトづくり、特許戦略の検討、人材の確保などを一緒に進めてきました」
桐谷啓太氏

会社をつくるために必要なのは、科学的なデータだけではありません。

どの疾患を狙うのか。どのような薬として開発するのか。知的財産をどう守るのか。誰が事業を担うのか。こうした要素を、研究と並行して設計する必要があります。

桐谷氏は、完成していないアイデアを相談する相手として、VCを早い段階から活用してほしいと助言しました。

「VCの多くは事業として研究開発を行うわけではないので、アイデアを話しても直接の競合になりにくく、壁打ち相手として活用しやすい存在だと思います」
桐谷啓太氏

アカデミアシーズを起点としたカンパニークリエーションに取り組む、株式会社ファストトラックイニシアティブの桐谷啓太氏。完成した研究成果を評価するだけでなく、早い段階から研究計画、創薬コンセプト、知的財産、人材などを研究者とともに設計することが、VCの重要な役割だと語りました。

一度の完成されたプレゼンテーションで投資を求めるのではなく、ラフなアイデアを共有し、フィードバックを受けながら、研究計画や事業仮説を磨いていく。

日本では、データを積み上げてから外部へ相談する。
米国では、外部と相談しながら、積み上げるべきデータを決める。

早い段階からVCや企業、臨床家などの視点を取り入れることで、臨床ニーズ、知的財産、競合環境を踏まえながら、次に検証すべき仮説を設計できます。

そして、ボストンから学ぶべき点は、単に「早くVCへ相談する」という行動だけではありません。

研究者、投資家、起業家、製薬企業の関係者が、データを積み上げる前から気軽に相談できるコミュニティが、日常の中にあることです。

正式な面談を申し込み、完成した資料を用意するよりも前に、コーヒーを片手に、
「こんな仮説を考えています」
「次はどのデータを取るべきでしょうか」
「この領域なら、誰に相談すればよいでしょうか」
と話すことができます。

寒原氏は、ボストンではランニングコミュニティも、人と人をつなぐ接点になっていると紹介しました。

「一緒に走りながら研究や仕事について話し、『それなら一緒にやろう』とプロジェクトが始まることもあります。そうした自然な接点が数多くあることは、とても重要だと思います」
寒原裕登氏

こうした会話をきっかけに専門家が紹介され、研究計画が磨かれ、共同研究や会社設立へつながることがあります。

エコシステムの強さは、資金や施設の数だけでは測れません。異なる立場の人が日常的に顔を合わせ、未完成の考えをそのまま話せる「対話の早さ」と「関係の近さ」も、ボストンの大きな強みです。

ボストンの学びは、すでに福岡で芽吹いている

では、このボストンの学びを、福岡でどのように生かせるのでしょうか。

ボストンと福岡では、創薬人材の厚み、資金量、企業やVCの集積に大きな差があります。

その一方で、福岡には、エコシステムを育てるうえで生かせる都市の特性があります。

大学、病院、企業、行政、支援機関が比較的近い範囲にあり、移動の負担が小さいこと。限られたプレイヤーが繰り返し顔を合わせ、紹介から実際の面談まで進みやすいことです。

人材の厚みは、なお課題です。しかし、同じ人が何度も会い、互いの活動や関心を知り、信頼関係を築きやすい都市の規模は、一つの資産にもなります。

九州大学や九州大学病院という研究・臨床の核があり、その周囲に企業、VC、行政、支援機関をつなぐ場が生まれ始めていることも重要です。

福岡に必要なのは、ボストンと同じ規模の人材や資金をすぐにそろえることではありません。まずは地域にいる研究者、企業、VC、学生、支援者の距離を縮め、早い段階から話せる関係を増やすことです。

その小さな実践は、すでに始まっています。

エフラボ九大病院では、日常的な接点をつくるため、「Donuts Meetup」を毎月開催してきました。

大学内からは、所属や国籍を越えて研究者、学生、医療関係者などが参加します。さらに、学外のスタートアップ、VC、企業、支援機関も加わり、毎回70〜80名でにぎわっており、ドーナツやコーヒーを片手に、普段は接点の少ない参加者同士が自然に会話を始め、会場の各所で研究や事業をめぐる議論が交わされています。

最近取り組んでいる研究や、まだ整理されていない関心について、所属や肩書を越えて気軽に話せる場をつくること。そこで交わされた会話が、後日の相談や人材紹介、共同研究、新しいプロジェクトの入口になる可能性があります。

福岡がボストンから学べるのは、資金規模や企業数だけではありません。

未完成のアイデアを早くから話せること。立場の異なる人が、特別な用事がなくても何度も顔を合わせること。そして、最初の相談へ進む心理的なハードルを下げること。

そうした日常的な対話の積み重ねが、福岡にある素地を、創薬エコシステムへ育てていきます。

エフラボ九大病院では、所属や国籍を越えた大学内のメンバーと、学外のスタートアップ、VC、企業、支援機関などが交流する「Donuts Meetup」を毎月開催しています。毎回70〜80名が集まり、会場の各所で活発な対話が生まれています。研究や事業、連携したいテーマを紹介するショートプレゼンタイム。発表希望が多く、毎回、限られた登壇枠の取り合いになるほどです。

完成したシーズを待つのではなく、まず話してみる

研究成果を社会へ届けたい研究者が、今すぐできることは何でしょうか。

完璧な事業計画をつくることでも、すぐに会社を設立することでもありません。

今回の議論から得られる一つの手がかりは、自分が何を研究し、その研究がどのような患者や社会課題につながる可能性があるのかを、研究室の外にいる誰かへ話してみることです。

一度の会話で、答えが出るとは限りません。それでも、対話を始めなければ、自分に不足しているデータも、必要な人材も、次に会うべき相手も見えてきません。

今回の議論を一言でまとめるなら、

「データがそろったら相談する」のではなく、
「何のデータをそろえるべきか、まず誰かに話してみる」

ということです。

研究から社会実装へ向かう距離を縮めるのは、大型の制度や華々しいイベントだけではありません。

コーヒーやドーナツ、アイスクリームを片手に交わされる、日常の小さな会話の積み重ねです。

エフラボ九大病院では、今後も研究者、大学、スタートアップ、VC、製薬企業、支援機関が自然に交わり、新しい挑戦のきっかけが生まれる環境づくりを進めてまいります。
研究、投資、事業、支援という異なる視点が交わることで、研究室の中だけでは生まれない問いや連携が生まれていきます。

トークセッションの交流会の様子。登壇者、学生、支援者等立場を超えてワインと軽食片手に議論に鼻を咲かせました。

Contact us

入居に関するご不明点・ご質問、
入居のお申込みは
お気軽にお問い合わせください。