イベントレポート:産官学のリーダーが「バイオスタートアップ支援」の最前線を語る── Fukuoka Bio Night / Plug In : Fukuoka #2
2025年9月25日(木)、福岡市天神に新設されたイノベーションキャンパス「CIC FUKUOKA」にて、福岡のバイオ産業の発展と研究者のキャリア形成を促進するイベント「Fukuoka Bio Night / Plug In : Fukuoka #2」が開催されました。
最初のセッション「Fukuoka Bio Night ①: 産官学連携のスタートアップ支援」では、国の政策立案、研究資金配分、大学での事業化、そして大手企業における新規事業開発と、それぞれの立場でバイオスタートアップ支援の最前線に立つ4名が登壇しました。
会場では終始、国内外の登壇者・参加者が交流や名刺交換を行い、産官学のスタートアップ支援をさらに加速させるためのディスカッションが時間いっぱいまで繰り広げられていました。

本記事では、4名の登壇者によるピッチと、パネルディスカッションの様子の一部を紹介します。
政策から事業戦略まで、4つの視点から見る支援の最前線
モデレーターを務める秋枝氏による開会の挨拶により、イベントの幕が開けます。「私たちサイフューズは福岡から九州大学発のベンチャーとして15年を迎えることができました。産官学の連携によって今があります」と自身の経験を振り返り、公的支援の重要性を強調しました。
さて、バイオ領域でのイノベーション創出には、産官学の連携が鍵を握ります。しかし、国の政策や研究資金の流れを読み解き、アカデミアの知を事業へと繋げ、大手企業との協業を実現する道のりは平坦ではありません。
今回のセッションでは、国の政策立案、公的資金配分、産学連携の事業化、大手企業の新規事業戦略と、それぞれの立場からバイオスタートアップ支援の現状と課題が共有されました。
この記事では、各登壇者のピッチとパネルディスカッションの模様をダイジェストでお届けします。会場限定の内容も多いため、次回開催時にはぜひ現地にお越しください。
【登壇者】
- 昭和音楽大学 学長特命補佐・教授、東京科学大学 特定教授、北海道大学 客員教授 岡村 直子 先生(元 文部科学省 国際統括官 / AMED 理事長特任補佐・執行役)
- 国立研究開発法人 日本医療研究開発機構 創薬エコシステム推進事業部 多田 款 先生
- 筑波大学 生命環境系 教授 伊藤 弓弦 先生
- 株式会社クラレ 小林 悟朗 先生
- 株式会社サイフューズ 秋枝 静香 氏(モデレーター)
国の政策を知り、予算を掴む。ベンチャーが持つべきマクロな視点

昭和音楽大学 学長特命補佐・教授、東京科学大学 特定教授、北海道大学 客員教授 岡村 直子 先生(元 文部科学省 国際統括官 / AMED 理事長特任補佐・執行役)
一人目の登壇者は、文部科学省・AMEDで科学技術政策や医療イノベーションに深く関与し、現在は大学で異分野融合の人材育成に携わる岡村氏です。
まず岡村氏が参加者に共有したのは、医療分野のイノベーション創出は、10年以上続く国の政策課題であるという事実でした。国の大きな動き、特に予算の流れを理解することは自社の事業戦略を立てる上で有益であると、マクロな視点の必要性を伝えます。医療や創薬の分野では、政策の優先順位が毎年、研究資金の行き先を左右する。そうした現実を踏まえ、岡村氏は“政策を読む力”を持つことの大切さを語りました。
その上で、他の研究分野と比較して創薬分野は公的な研究支援基盤がまだ手薄であり、CRO/CMO/CDMOといった民間企業の役割が大きいと指摘しました。アカデミアの有望な研究成果を事業化に耐えうるレベルまで引き上げるには、こうした専門性を持つ民間パートナーとの連携が重要です。そして、エコシステム全体で研究を育てる視点の必要性を強調しました。
しかし、外部リソースを活用する金銭的な余裕がないスタートアップも少なくないのが現実です。そこで、岡村氏の指摘は、“民間との連携”を促すだけでなく、“公的支援をどう味方につけるか”という視点の重要性をも示しています。岡村氏は、元行政官としての視点から政策面での支援についても言及し、スタートアップに向けて公的資金の活用を呼びかけます。
「来年度の政府の概算要求では、医療研究開発に係る予算が大幅に増額されています。各省庁が持つ様々な予算にアンテナを張り、使えるものは全て活用していただきたいです」と語りました。制度は複雑だが、知ろうとする人には門が開かれている。岡村氏の言葉は、“支援を待つ”のではなく“自ら掴みに行く”姿勢を促すメッセージとして響きました。
成功の鍵は、買いたくなる“魅力的”なバイオスタートアップかどうか

国立研究開発法人 日本医療研究開発機構 創薬エコシステム推進事業部 多田 款 先生
参加者の拍手が鳴り止まないまま、次の登壇者に移ります。次に登場したのは、AMEDでスタートアップ支援を担当し、自身も医療機器ベンチャーでの実務経験を持つ多田氏です。
まず、ぜひ知っておいてもらいたいAMEDの2つの支援プログラムとして「創薬ベンチャーエコシステム強化事業」と「大学発医療系スタートアップ支援プログラム」を紹介しました。前者は、AMEDが認定したVCからの出資額に対して、国が最大で同額を補助するマッチングファンド形式です。後者は「橋渡し研究プログラム」とも呼ばれ、九州大学など各大学が拠点となって、アカデミアやベンチャー企業の創薬、再生医療、医療機器開発を支援する仕組みです。
こうした支援制度を紹介した上で、多田氏は創薬ビジネスの現状について解説を続けます。医療・創薬分野では莫大な資金が必要になるため、ベンチャーキャピタルからの投資が不可欠だと指摘し、世界の製薬業界における構造変化について説明しました。
「従来は、大手製薬会社(メガファーマ)が新薬の『開発』を自社で行っていました。しかし現在では、バイオベンチャーが開発を担い、メガファーマは有望なパイプラインを『買う』という役割分担に変化しています」
つまり、バイオベンチャーには、研究室での成果を“研究”のままで終わらせず、“製品候補”にまで高めることが要求されるようになったということです。この構造変化を踏まえ、これからのバイオベンチャーには発想の転換が求められると強調しました。アカデミアの延長線上にある「研究」ではなく、「売れる製品を作る」という「開発」のマインドセットが必要です。最終的には、メガファーマに買収されることやライセンスアウトすることが出口戦略となるためです。
事業価値を最大化する知的財産戦略を練り、買い手であるメガファーマにとって「買いたくなる魅力的な会社」になることが、スタートアップ成功の鍵になる、という考えを示しました。
いまバイオベンチャーが問われているのは、どんな技術を持つかではなく、その技術をいかに現実的に社会へ届けるかという視点です。
商用化を見据えるなら例えば、ターゲット市場の規模、導入のハードル、開発コスト、薬事ルート、そしてモダリティや剤形の選択まで──「出口」から逆算し、事業として成立する道筋を描く。
多田氏の講演は、いままさに転換期にあるバイオベンチャーに求められる視座を、明確に示していたと言えるでしょう。
公的資金で技術を磨き、事業化へ。産学の狭間で新たなモデルを拓く

筑波大学 生命環境系 教授 伊藤 弓弦 先生
筑波大学と千代田化工建設という2つの組織に籍を置く伊藤氏が登壇しました。同氏はアカデミアの研究と企業の事業化を一人で推進するユニークなキャリアを基に、スタートアップを目指す研究者にとっての一つのモデルケースを提示しました。
そのアプローチは、まずAMEDやNEDOのような公的資金を積極的に活用することから始まります。事業化の「死の谷」を乗り越えられるレベルまで技術を徹底的に磨き上げてから、ベンチャーとして独立するという戦略です。
伊藤氏は説明の途中で、開発した「MPSチップ」の実物を取り出しました。
「今日は実物を持ってきました。会場で回覧しますので、見終わったら必ず返却してくださいね」
ユーモアを交えた呼びかけに会場から笑いが起こる中、手のひらサイズの透明なチップが参加者の手に渡っていきます。会場の参加者たちは、実物を手に取りながら興味深そうに、じっくりと眺めていました。最前列から順に回されていくチップを、後ろの席の参加者たちが身を乗り出して見つめる様子も。こうした双方向のやり取りが、会場の熱気をさらに高めていきました。
さて、先のセッションで多田氏が示した、ベンチャーに製品化レベルの完成度が求められるようになったというパラダイムシフトは、アカデミアから起業に至る技術移転のプロセスにも、より一層高い精度を求める方向へと影響を及ぼしています。伊藤氏の取り組みは、そうした流れに応える戦略と言えます。
「いきなりVCから資金調達するのではなく、まずは公的資金で技術の確からしさを証明し、リスクを低減させる。この段階を経ることで、より有利な条件でVCとの交渉に臨むことができます」
伊藤氏が開発する「MPS(ヒト生体模倣システム)」は、まさにその実践例。手のひらサイズのチップ上で臓器の機能を再現するこの技術は、動物実験に代わって創薬の効率と精度を飛躍的に向上させる可能性を秘めています。開発では常に製薬企業などユーザーからの厳しいフィードバックを受けて改良を重ねているといいます。
なぜこうしたアプローチを取るのか。伊藤氏は、アカデミア発の技術だからこそ、常に市場の声に耳を傾け、ニーズに応え続けることが大切だと強調しました。そうでなければ、どんなに優れた技術も、研究者の自己満足で終わってしまう。その言葉に、会場では静かに背筋を伸ばす参加者の姿も見られました。伊藤氏の語る“マーケットイン”の姿勢は、多くの研究者にとって、自らの立ち位置を見つめ直すきっかけとなりました。
大手企業を使い倒せ。ベンチャーが持つべき視点とは

株式会社クラレ 小林 悟朗 先生
最後に登場したのは、大手化学素材メーカーのクラレで10年前からライフサイエンス分野の新規事業開発を牽引してきた小林氏です。大手企業ならではの新規事業創出の難しさについて、自身の経験を交えて語りました。
「既存事業を守りながら、遠い未来のための新しい事業を育てるのは、社内の論理だけでは容易ではありません。短期的な収益を求める声に負けてしまうことも少なくない。だからこそ、大手企業こそ外部の力、特にスタートアップの持つスピードと突破力が必要だと感じています」
小林氏の言葉に、会場の参加者たちは一言も聞き漏らすまいと熱心にメモを取ります。大手企業の内部事情を率直に語る小林氏の話は、ベンチャー側にとって貴重な情報源となっているようです。
さて、こうした背景から、小林氏はスタートアップに対してCVC(コーポレートベンチャーキャピタル)などを通じた大手企業との連携を提案しました。大企業は動きが遅い面もあるものの、一度動き出せば製造、販売、品質保証など、ベンチャーにはない大きな力を発揮するのです。ベンチャーが挑戦し、その成果を大企業が製造や販売の力で支える。そうしたリスク分担の補完関係こそ、いまの医療の進化を支えていると言えます。
また、再生医療のような黎明期の市場では、業界全体での市場造成が重要だと指摘。関連企業が連携して再生医療専門の病院プラットフォームを共同構築するといった、業界を挙げた取り組み事例も紹介しました。
国の政策・予算から支援制度、大学での研究開発、大手企業の製造・販売力、ベンチャーの革新性まで。これらが連携することで、日本のバイオ・医療分野にイノベーションが生まれる。4人の登壇からは、これからのバイオ業界の進むべき道が見えてきました。予定時間ぎりぎりまで続いた熱のこもったピッチに、参加者たちは終了を惜しむように最後まで真剣な表情で耳を傾け続けていました。
決め手となるのは、CEOの頑固なまでの熱い思い
各氏の登壇に続いて、パネルディスカッションが行われました。テーマは「ベンチャーにとって必要なこと、気をつけるべきこと」。これまで紹介された政策支援、資金調達の仕組み、産学連携の手法、大企業との協業機会といった「支援の枠組み」を実際に活用するために、ベンチャー自身が持つべき姿勢や能力について、各登壇者が実体験に基づくアドバイスを語りました。
多田氏は、自身のベンチャー経験から「とにかく経営者が折れない、曲げないこと」を強調しました。一度決めた方針に突き進む「頑固さ」が、事業を前進させる原動力になると述べます。
岡村氏はアカデミアとの連携について、「チャンピオンデータ(最も良い結果だけを抽出したデータ)だけでは再現性がなく事業化できない」という課題を挙げました。創薬分野では、アカデミア発のベンチャーが数多く存在します。だからこそ、事業化を進める側から研究現場に対して「こういうデータが足りない、こういうところを助けてほしい」と具体的にニーズを伝えることが重要となる。そうすることで分断を避け、より強固な産学連携が実現できると強調しました。

伊藤氏は社内ベンチャーの経験から、2つのアドバイスを送りました。異分野の人にも事業を説明できる能力と、仲間を作る協力体制の構築です。「ベンチャーはリソースが限られているため、リソースを補完しあう仲間をつくって連携することが不可欠」と強調しました。
小林氏は大手企業の視点から、ベンチャーには強みのアピールだけでなく「弱みを正直に話してもらった方が信頼関係が生まれる」と語りました。制度や仕組み、資金の枠組みがどれほど整っても、最終的に連携を動かすのは人の思いだと指摘します。
「CEOの人間的な魅力と熱い思いこそが、協業を決める最後の要素になる」。
モデレーターの秋枝氏は、各氏のアドバイスを受けて「非常に温かいお話をありがとうございました。やはり最後は人と人だなと改めて感じています。この場の皆さんに助けられていることに感謝申し上げます」と話しました。会場全体が静かにうなずく中、秋枝氏が「登壇者の方々へ拍手を!」と呼びかけると、会場から盛大な拍手が送られました。
次のイベントで、またこの熱気を体感しましょう
産官学それぞれの立場から、リアルで熱量の高いメッセージが交わされた今回のセッション。
記念撮影の後も、聴衆が登壇者に話しかけにいく姿や、登壇者同士の和やかな交流が見られました。
これからも福岡地所は、バイオやディープテックを軸に、研究者・起業家・投資家・企業が交わり、次の挑戦を後押しするイベントを開催してまいります。投資家の方々、事業会社の新規事業・投資部門の方々、ディープテック、特にバイオ系スタートアップやその支援者の方々など、バイオの未来に関心を持つすべての方のご参加をお待ちしております。
福岡から新しいバイオビジネスが生まれる場に、ぜひお越しください。
