イベントレポート:エフラボ九大病院 オープン共創ナイト──研究・製薬・事業の対話とポスター交流
2026年2月27日、福岡市にて、「エフラボ九大病院 オープン共創ナイト ― 九州大学のとなりでひらく、研究・製薬・事業の対話とポスター交流 ―」と題したイベントが開催されました。
本イベントは、九州大学病院に隣接する民間インキュベーション施設「エフラボ九大病院」の開業後、初めてオープンに開催された共創イベントです。アカデミア、製薬企業、スタートアップ、支援・行政機関といった多様なステークホルダーが一堂に会し、大学発の研究シーズをいかにして社会実装や事業化へとつなげるかについて、白熱した議論と交流が行われました。
本稿では、当日のトークセッションとポスターセッションの内容を整理・再構成し、九州における創薬エコシステムの現在地と未来を探ります。
登壇者紹介
本イベントには、研究、製薬、施設運営といった異なる立場で創薬エコシステムを牽引する専門家が登壇しました。
小澤 郷司 氏(モデレーター) | Create BioVentures 代表 / ㈱do.Sukasu COO / ㈱Real Discovery Outdoors 代表取締役社長
製薬・コンサルティング業界で新薬開発や事業開拓を経験後、ヘルスケア領域のスタートアップ経営に複数関与。アカデミアの創薬支援とスタートアップ創出に尽力している。
上村 成章 氏 | 一般社団法人Japan Pharmaceutical & BioScience Society 代表理事 / 慶應義塾大学病院 訪問講師
製薬企業にてグローバルプロジェクトリーダーとして研究開発を推進する傍ら、スタンフォード大学の「SPARK」インダストリーアドバイザーや慶應義塾大学病院での「SPARK Keio」立ち上げに関与し、産学連携による創薬エコシステム構築に携わる。
栗原 崇 氏 | 鹿児島大学大学院医歯学総合研究科 生体情報薬理学分野 准教授
基礎系の研究者として、神経障害性疼痛などのメカニズム解明と新規治療薬(PAC1受容体拮抗薬など)の創薬研究に従事。自らアカデミア発のスタートアップ創出を見据え、社会実装の最前線に立つ。
須知 佑介 氏 | 福岡地所株式会社 事業創造部 / エフラボ九大病院 運営
製薬企業(第一三共、アステラス製薬)やCROでの研究開発・グローバル臨床開発の経験を経て、現在は福岡地所にてライフサイエンス企業向けインキュベーション施設「エフラボ九大病院」の運営とスタートアップ支援を担う。

オープニング:日本の創薬エコシステムに立ちはだかる「死の谷」
イベントの冒頭、モデレーターの小澤氏は日本の創薬における構造的な課題を提起しました。日本の基礎科学は世界的に見ても高い水準にある一方で、研究成果を製品化へと導く過程には資金やノウハウが枯渇する「死の谷」が存在します。
特に小澤氏が強調したのは、「人材の流動性」の低さです。米国のバイオスタートアップでは経営層の9割が製薬企業出身であるのに対し、日本はその割合が4割にとどまります。製薬企業内で培われた医薬品開発のルールやノウハウを持ったプロフェッショナルがアカデミアやスタートアップへ流入していないことが、大きな壁となっている現状が浮き彫りになりました。

トークセッション①:製薬企業から見たアカデミアシーズの課題と可能性
最初のセッションでは、上村氏が登壇し、製薬企業の視点からアカデミア発シーズを成功に導くためのマネジメントについて語りました。
「基礎研究」と「創薬研究」の違い
上村氏は、「基礎研究と創薬研究は異なる」と明言します。アカデミアの強みは新しいサイエンスの探索にありますが、それを医薬品にするためには、薬理、創薬化学、タンパク質工学、薬物動態、毒性、製剤、CMC(製造管理・品質管理)、知財、開発など、多岐にわたる専門家の連携による「チーム戦」が不可欠です。
出口から逆算する「TPP」の重要性
上村氏が強調したのは、初期段階から「TPP(ターゲット・プロダクト・プロファイル)」を明確にすることです。どのような患者に、どのような投与経路や投与頻度で、どの程度の有効性と安全性を示せば実際の医療現場で使われるのか。そして、現在の標準治療や開発中の化合物と比べて何がどの程度優れる、あるいは異なることを目指しているのか。これらを製薬企業や投資家が納得する形で設定し、そこから逆算して研究開発計画を立てる「仕組み」の必要性を説きました。その実践例として、産業界のプロフェッショナルがアドバイザーとして伴走する「SPARK」プログラムの取り組みが紹介されました。

トークセッション②:研究のための研究から、事業を意識した研究へ
続いて栗原氏が登壇し、基礎研究者が直面する「事業化へのリアルな壁」について、現在進行形の創薬プロジェクト(PAC1拮抗薬の開発)を例に語りました。
立ちはだかる「人での有効性」と「資金」の壁
栗原氏は製薬企業と面談を重ねる中で、「人でも本当に効くのか」という問い(人への外挿性)を突きつけられる難しさを吐露しました。また、動物実験で効果を示した化合物をさらに最適化(光学分割など)しようとした際、わずかな量の精製に数百万円のコストがかかるといった、基礎研究の枠組みでは想定しづらい資金の壁に直面した生々しい経験を共有しました。
次世代の創薬人材への危機感
さらに栗原氏は、薬学部や医学部の教育が臨床志向に傾き、実際に動物を用いたウェットな実験や評価系を経験する学生が減少している現状に強い危機感を示しました。次世代の創薬を担う人材をどう育成していくかという、大学教育の根幹に関わる課題が提示されました。
トークセッション③:チーム創薬を支えるインキュベーション拠点
最後のセッションでは、エフラボ九大病院の運営を担う須知氏が登壇し、支援施設の立場から「チーム創薬」の重要性を語りました。
勇者1人から「パーティー」へ
須知氏は創薬プロセスをRPGになぞらえ、「研究者は最初は『勇者1人』で冒険に出るが、現代の医薬品開発は到底1人では成し得ず、数百人規模のチームが必要になる」と語りました。

エフラボ九大病院が提供するエコシステム
そこで重要になるのが、エフラボのようなインキュベーション拠点の存在です。九州大学病院の隣接という立地を活かし、臨床試験を担う九州大学ARO次世代医療センター等学内支援機関との連携、製薬企業、CRO、VC(ベンチャーキャピタル)などのパートナー企業とのマッチングを通じて、研究者が「魔法使い」や「武闘家」といった多様な専門家を仲間にしてパーティーを組めるエコシステムを提供していることが紹介されました。
パネルディスカッション・質疑応答ハイライト
セッション後のパネルディスカッションでは、会場やオンラインから寄せられた質問をもとに、さらに深く切り込んだ議論が展開されました。

人材流動化には「実利」も必要
製薬企業からスタートアップへの人材移動が進まない理由について、上村氏は「リスクを取る文化や雇用環境の違いだけでなく、リスクとリターンのバランスの違いもある」と述べました。米国ではスタートアップに移ることで新たなモダリティやサイエンスの経験、大企業以上の裁量や挑戦・成長環境、ポジションや報酬などを得られ、それらをもって大企業に戻る循環もあるのに対し、日本ではスタートアップに挑戦する必要性や意義が大きい状況ではなく、さらに多くの人のスタートアップへの関わりを促すにあたっては、これらリターン面の整備も今後より期待される点であると語りました。
九州・福岡の圧倒的なポテンシャル
「東京にはない福岡の強みは何か」という問いに対し、須知氏は「手垢がついていないこと」を挙げました。東京では主要なシーズにすでにVCが目をつけていることが多いのに対し、福岡・九州にはまだ発掘されていない有力な研究シーズが多く眠っており、新たな出会いやチャンスが豊富にあることが強調されました。国立大学病院内に民間インキュベーション施設が設立されたことも、全国的に極めて稀な強みとして挙げられました。

ポスターセッション&交流会
トークセッションの熱気冷めやらぬまま、イベントは後半のポスターセッションとネットワーキングへ移行しました。
本格的なピッチ開始に先立ち、まずは参加者全員でグラスを掲げて乾杯が行われました。「福岡のエコシステムの発展を祈念して」という発声とともに会場は一気に活気づき、リラックスした和やかなムードに包まれました。
会場では、人工ウイルス評価系による広域ウイルス治療剤の開発(鹿児島大学)、海外日本人研究者ネットワーク(UJA)、人材育成に取り組む学生(Akagi lab)、技術流出防止を啓発する警察機関、そして大型予算でベンチャーを支援するAMED など、多種多様なプレイヤーによるショートピッチが連続して行われました。

ショートピッチの最中から、発表内容に対して登壇者と参加者、あるいは参加者同士で自然と意見交換が生まれるなど、会場は終始活気に満ちていました。
ピッチ終了後はお酒と食事を楽しみながら、ポスターの前に集まり登壇者へ熱心に質問を投げかける姿が見られただけでなく、ポスターの展示場所にとらわれることなく、会場の至る所で自然発生的に会話の輪が広がり、活発な名刺交換や情報交換が行われていました。
アカデミアとビジネスの境界を越え、新たな「パーティー(チーム)」が結成される瞬間を予感させる、熱気あふれる交流会となりました。

まとめ:九州から始まる、チーム創薬の実装
今回のイベントを通じて明確になったのは、創薬はもはや一人の天才研究者が成し遂げるものではなく、多様な専門家が初期段階から結集する「チーム戦」であるという強いコンセンサスです。
そして、そのチームを形成するための土壌として、エフラボ九大病院をはじめとする福岡・九州のエコシステムが非常に高いポテンシャルを秘めていることが実証されました。
研究者の情熱と、製薬企業の知見、そしてそれを支えるリスクマネーと支援機関。これらが物理的にも心理的にも近い距離で交わるこの場所から、日本発・九州発のグローバルな医薬品が創出される日は、そう遠くない未来に訪れると確信させるイベントとなりました。
