イベントレポート:福岡×釜山が拓く、アジア発グローバル創薬へのゲートウェイ── Plug In : Busan – Fukuoka #6
2025年11月27日、釜山創造経済革新センター(※1)にて、日韓のバイオ産業の発展を推進する「Plug In : Busan – Fukuoka #6」が開催されました。
本イベントは福岡地所(エフラボ九大病院)と釜山創造経済革新センターが共同で開催。創薬、新規医療技術、IoTセンサーなど多様な分野で、韓国から5社、日本から3社のスタートアップが登壇しました。
バイオ領域のスタートアップにとって海外展開は高いハードルがありますが、登壇企業の多くは米国や東南アジアへの進出に向けた具体的な取り組みを進めており、Q&Aの際には起業家と投資家の白熱した議論が巻き起こりました。
(※1)釜山創造経済革新センター(BCCEI)とは
全国創造経済革新センターは、韓国の国家行政機関の中小ベンチャー企業部傘下の公共アクセラレーターとして、韓国国内で19拠点を設置。 その中でも釜山創造経済革新センターは、日本進出支援の拠点としての役割を担っています。2025年9月には福岡地所と共同で、CIC福岡を舞台に、日韓バイオスタートアップ交流会を初開催し、今回はこれに続く第2回のイベントになります。
日台韓のキーパーソンが熱狂!福岡と釜山が共創する「グローバル創薬エコシステム」の勝ち筋
本イベントには日本から、九州20大学発のスタートアップ支援を行うインターユニバーシティ・ベンチャーズの山口氏をはじめ、がん領域に特化する大鵬イノベーションズの森氏、細胞・遺伝子治療などの新規モダリティに焦点を当てるSaisei Venturesの齊藤氏らが参加。
また、アジア圏の有力投資家や事業会社も一堂に会しました。台湾での資金調達とCDMO連携を支援するCelltech Acceleratorのパトリック氏に加え、SM-Sino Technology Investmentのイ氏、PrestigeBioPharma IDCのリュ氏、SQUARE VENTURESのイ氏ら韓国のグローバル投資家も集結。ロッテグループのCVCであるロッテベンチャーズのペ氏は、グループ系列社との協業や抗体医薬品分野での連携機会に言及するなど、具体的なビジネスチャンスの創出を提案しました。
冒頭でWidwin Investmentのパク氏は「これまでは米国や韓国が主な投資先だったが、今年9月に福岡で開催された『Plug In : Fukuoka – Busan #2』での来日を機に、現在は日本企業への投資も本格的に検討している」と明言しました。この変化は単発のイベントに終わらせず、福岡と釜山を行き来しながら相互理解・信頼関係を深めてきたからこそ見いだされた本イベントの大きな成果の一つと言えます。
さらに本イベントが他地域のピッチイベントと一線を画す理由として、参加企業の持つ「製造インフラ」との連携可能性にあります。
ロッテグループは抗体医薬やバイオ医薬品に対応したCDMOを保有しており、PrestigeBioPharmaもバイオシミラーの製造工場を有しています。現在、日本国内では細胞治療や遺伝子治療といった先端モダリティの製造施設が不足している一方、韓国や台湾はこの分野で先行しています。
こうしたアジアの最先端プレイヤーとのダイレクトな交流機会を創出することで、福岡のスタートアップに対し、単なる資金調達にとどまらず「創薬開発の加速」に直結する製造・開発パートナー探しの場を提供する――。これこそが、本イベントの真の狙いです。
開発、製造、ビジネスが日々グローバル規模で動くバイオ産業において、アジアとの物理的・心理的な「近接性」は福岡ならではの強力な武器です。この地理的優位性を活かし、アジアの製造拠点を自国のリソースのように活用できる環境を作ることは、今後の福岡バイオスタートアップ・エコシステムを特徴づける決定的な要素となります。「グローバル創業・雇用創出特区」として世界を目指す福岡市にとって、このアジア連携モデルは、日本国内の他の都市では真似できない、今後さらに伸ばすべき重要なセクターと言えるでしょう。
今回のイベントでは国境を越え、創薬・製造・投資それぞれの現場を熟知したプレイヤーが集い、技術の社会実装に向けた専門性の高い議論が交わされました。議論は単なる資金調達の可否や事業紹介にとどまらず、開発戦略、製造体制、グローバル展開を見据えた事業モデルの磨き込みにまで踏み込み、参加スタートアップにとって実践的な示唆に富む場となりました。
それではここから、各社のピッチ内容を紹介します。
医療廃棄物を180分の1に削減、環境配慮型洗浄技術

HaKam BIO チェ・ジョンミ氏
HaKam BIOは炭素素材基盤の環境に優しい内視鏡洗浄ボールを製造するバイオスタートアップです。従来の内視鏡洗浄ブラシは、使用者の技術や経験によって洗浄品質にばらつきが生じることがあります。不完全な洗浄は、二次感染やその他の合併症を引き起こす可能性があります。
ACFフィルターボールは、活性炭素繊維と生分解性ポリマーから作られており、優れた吸着性能を発揮します。医療廃棄物に関しては、従来の180分の1の水準にまで減らすことができ、病院の効率性と環境的価値を同時に高めます。
現在、ACFフィルターボールは特許を2つ保有しており、先日もう1つ取得して、計3つの特許を登録しました。洗浄性能の公認認証も完了しています。チェ氏は今後計画している海外展開に向けた資金調達について、「最も進出したい国は日本です。世界の内視鏡市場の約70%は、オリンパスやペンタックスなどの日本製品が席巻しています。今回登壇した理由も日本の企業や投資家と接点を持ち、将来的な提携などに繋げたいと考えたからです」と語り、日本市場との接続に意欲を見せました。
IoTでプライバシーを守りながら独居高齢者を見守り

Bell CBO キム・ウンジ氏
BellはIoTセンサーを活用したシニア向けのヘルステックスタートアップです。
日本や韓国は超高齢社会に突入しており、独居老人の人口数は、韓国は240万人、日本は700万人、そして米国は1,600万人にもなります。
Bellはカメラによる監視ではなく、IoTセンサーを基盤とした異常検知により、プライバシーを守りながら24時間365日のモニタリングサービスを提供。必要に応じてメンタルケアサービスや保護者用アプリケーションまで提供しています。
日本市場進出に向けては、大阪近郊地域で独自のPoCを推進しており、特許や関連する認証もすべて準備ができている状況です。今後は日常的なケアだけでなく、災害時の避難支援など機能を拡充し、米国をはじめとする世界展開も目指します。
「抜歯せず歯を再生」口腔組織再生治療薬の実用化へ

StemDen CEO イルホ・チャン氏
StemDenは製薬・歯科領域のスタートアップとして、口腔組織再生治療薬を開発しています。
歯科産業は高齢化に伴い急速に成長していますが、現在の歯科治療は大部分が自然治癒を促進する再生治療ではなく、代替治療です。虫歯の場合、患部を除去するか、抜歯して人工的な歯で代替します。また、歯周炎などでは適切な再生治療薬が不足しています。
StemDenは、歯の内部にある幹細胞を活性化する小さな分子を発見しました。これを臨床グレードのコラーゲンスポンジと組み合わせることで、「化合物P」というコンビネーション製品を開発。損傷部位に適用すると組織の再生が見込めます。ミニブタでの実験では、密度が天然の象牙質の90%に達しました。
昨年はシンガポールのSlingshotで優勝、先月は世界トップ8の歯科スタートアップに選出されました。現在、プレシリーズAで300万ドルを調達中で、企業価値は1,000万ドルです。2年以内に獣医用歯科市場へ参入し、その後NASDAQ上場を目指します。
二重抗体とADCの長所を統合したがん免疫療法を開発

OncoLab CEO キム・ジョンソン氏
OncoLabはがん免疫療法を革新する創薬スタートアップで、二重抗体とADCの長所を結合した独自のエンジェル・プラットフォームを開発しています。
現在のがん免疫療法では、二重特異性抗体やADCなどの技術がそれぞれ送達、有効性、持続可能性の向上を目指していますが、これら3つの要素を同時に実現できる単一のプラットフォームは存在しませんでした。また、多くのブロックバスター医薬品が特許切れに直面しており、ライフサイクルを延ばすための新しい製剤や送達方法が求められています。
OncoLabは、マイクロジェル表面に異なる抗体を搭載できる技術を開発しました。臨床現場で既存の承認薬を組み合わせるだけで使用でき、製造コストは1人あたり約10〜20ドルです。マウスモデルでは標準療法比で腫瘍シグナルが100倍減少しました。
現在、GLP毒性試験とヒト化マウス試験を進めており、製薬企業とのパートナーシップを通じて既存薬の効果向上を目指します。また、再製剤化による新しい知的財産の提供で、特許切れ問題の解決にも貢献していきます。
既存画像を3D再構築、脳血流測定の正確度を84%に向上

NEAR Brain アジア地域担当 ファン・ジョンヨン氏
NEAR Brainは脳血流を測定・予測し可視化する医療用ソフトウェアを開発するスタートアップです。
脳卒中や脳動脈瘤などの脳疾患患者を診断する際、現在は超音波機器(TCD)で脳血流を測定していますが、医療従事者の技術差や患者の頭蓋骨の厚さによって測定値が異なるため、正確な血流確認が困難という課題があります。
NEAR Brainは、既存の医療画像から脳血流を可視化する「Dr. NearFlow」を開発しました。MRAやCTAなどの画像を3D再構築し、コンピュータシミュレーションで血流データを算出します。病院の既存システム(PACS)に容易に導入でき、特別な装置は不要です。既存のTCDの正確度26%に対し、84.3%を実現しています。
韓国国内で医療機器認可を取得済みで、2026年にアジアおよびFDA認可取得を目指しています。今後5年間で200病院への導入と1,000億ウォン(約100億円)の売上を目標とし、高齢化が進む日本をはじめ、香港法人を基盤にアジア地域へ展開後、米国・欧州への進出を計画しています。
ここで韓国スタートアップ5社が登壇したピッチセッションの前半が終了しました。日本への進出を検討する韓国発スタートアップが複数見られるなか、休憩時間には、日台韓の起業家や投資家が名刺交換をしながら独自技術や海外展開など、ビジネスのコラボレーションを見据えたディスカッションを行っていました。


ここからは日本発のスタートアップ3社が登壇したピッチセッション後半の模様をご紹介します。
バイオ製剤が効かないIBD患者向け腸粘膜再生薬を開発

ひむかAMファーマ株式会社 代表取締役 新城 裕司氏
ひむかAMファーマは腸の粘膜を強化・再生する医薬品を開発する宮崎大学発スタートアップです。
炎症性腸疾患(IBD)の治療では、バイオ製剤が効果不十分となる患者が存在し、そうした患者層に対する有効な治療薬が不足しています。また、同社が注目するペプチド「アドレノメデュリン(AM)」は腸粘膜の再生効果が確認されていますが、血中での安定性が低く医薬品としての使用が困難でした。
ひむかAMファーマは、AMを改良した化合物「HM201」を開発しました。ペグレーション技術により血中安定性を大幅に改善し、オーストラリアでの健常人対象フェーズ1試験において安全性と有効性を確認済みです。バイオ製剤が効果不十分となった患者をターゲットとし、炎症を抑えるバイオ製剤と併用することで、粘膜のリモデリングを促進します。
現在フェーズ1試験を完了し、次はフェーズ2試験への移行を目指しています。今後は資金調達および開発協力パートナーを獲得することで、IBD治療の新たな選択肢を提供していく展望です。
畜産感染症を現場で20分検査、1テスト500円を実現

株式会社HaKaL 代表取締役 宮崎 真佐也氏
HaKaLは畜産現場向けの感染症迅速検査キットを開発するスタートアップです。
畜産における感染症は農場内で急速に拡大しますが、一般的な検査方法である、PCRやELISAはサンプルをラボに送る必要があり、結果が出るまで数日かかるため、感染拡大の即時防止が困難という課題があります。また、現場検査キットである、ラテラルフローなどは、使いやすいものの精度が低いという課題があります。
HaKaLは、紙ベースのマイクロ流体技術を用いたオンサイトセンシング技術を開発しました。10年以上の研究開発を経て、表面工学やスペクトル制御技術により非定常状態の反応制御を実現。農場主や獣医師が現場で20分以内に検査でき、1テストあたり約500円という低コストで、遺伝子検査レベルの精度を目指しています。
現在、北海道のJAや大規模農場と実証実験を進めています。国内市場から開始し、アジア太平洋、アフリカ、ラテンアメリカなどの海外市場への展開を目指す一方、技術的には抗体検査から抗原検査、多項目同時検査へと拡張していく計画です。
蚕で製造した経口ワクチン、養豚の労力を90%以上削減

KAICO株式会社 代表取締役 大和 建太氏
KAICOは蚕を活用した組換えタンパク質および経口ワクチンを開発するスタートアップです。
養豚業では豚が生後6ヶ月の生涯で約7〜8回のワクチン注射を受けますが、一頭ずつ注射を打つ作業は重労働であり、豚にとってもストレスとなります。また、豚コレラやPCV2といった病気による経済的損失も課題となっています。
KAICOは、蚕で製造した経口ワクチン(パウダータイプ)を開発しました。餌に混ぜて食べさせるだけで接種でき、注射が不要なため豚へのストレスがなく、農家の労力も大幅に削減できます。ベトナムでの2000頭以上を対象としたフィールドトライアルでは、従来の注射型ワクチンと同等の免疫獲得と成長を確認し、投与時間を数時間から数分に短縮、90%以上の労力削減に成功しました。
昨年秋にベトナムで製品を登録済みで、現在は日本の製薬会社と共に日本での承認を目指しています。また、韓国のパートナーを探しており、経口ワクチンの対象を猫、犬、養殖魚へと拡大していく計画です。
九大病院と連携、国内外のスタートアップ向け研究施設を福岡に

福岡地所は、福岡市中心部にライフサイエンス特化型インキュベーション施設「エフラボ九大病院」を2026年1月に開設します。
エフラボ九大病院は、九州大学病院と直結した唯一のインキュベーション施設です。九州大学は医師主導臨床試験の実施数で大学で日本トップであり、基礎研究と臨床現場医学を結ぶ政府指定の重要拠点でもあります。施設内にはBSL2・P2基準対応のシェアウェットラボを完備し、セルソーターやアナライザー等高価な実験分析機器や細胞分離装置も提供します。入居企業は九州大学病院との連携により、臨床研究へのアクセスやヒト組織・検体生物学的サンプルの利用が可能です。
日本は世界第3位の医薬品市場を持ち、国民皆保険制度により高価な医薬品へのアクセスが容易です。また、最近の新政権はバイオ・ヘルスケアを国家戦略技術に指定し、税制優遇や優先的な補助金支援を打ち出しています。
福岡地所はFukuoka Growth Nextの運営を通じて2017年以来、600社以上のスタートアップ支援実績を積み上げてきました。そして福岡市は日本初のスタートアップビザを創設するなど数多くの外国人起業家を受け入れてきた実績もあります。エフラボ九大病院では、今回のイベントのような日本・アジアのベンチャーキャピタルとの接続による資金調達支援、頻繁なネットワーキングイベントを通じて、グローバルなライフサイエンススタートアップの日本市場参入とオープンイノベーションを推進することを目指していきます。また、福岡から釜山からは飛行機で30〜40分という立地であり、今後エフラボ九大病院は韓国を始めとしたアジア諸国のスタートアップの最初の日本展開拠点としての役割が期待されます。
以上で日韓スタートアップ8社が登壇したピッチセッションが終了しました。イベント後には、フードや韓国ならではのお酒も交えながら、この場だからこそ生まれた協業に向けた議論が数多く見られました。
