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イベントレポート:バイオエコシステムの現在地──アカデミアとグローバルが描く共創の未来

「人と知の循環」が鍵──アカデミア×グローバル×VCが語る、九州バイオエコシステムの現在地

2025年11月20日、CIC Fukuokaにて、「バイオエコシステムの現在地──アカデミアとグローバルが描く共創の未来」と題したイベントが開催されました。

会場には、アカデミア発スタートアップの経営者、EIR(客員起業家)、ベンチャーキャピタリストが集結。研究成果をいかに社会実装へと繋げるか、そして世界的な投資潮流の中で九州が取るべき戦略とは何か。アカデミアとビジネス、ローカルとグローバル、それぞれの境界を越えた「共創」のあり方について、熱のこもった議論が交わされました。

本稿では、当日のトークセッションの内容を整理・再構成し、九州におけるバイオエコシステムのこれからを展望します。

登壇者紹介

本イベントには、研究・経営・投資の各領域を横断する経験を持つ4名のプロフェッショナルが登壇しました。

黒田 垂歩 氏(モデレーター) | ブラックフィールズコンサルティング CEO

ハーバード大学医学部などでの10年の研究経験の後、大手製薬企業でオープンイノベーション・事業開発・共創プログラムに従事。

並行してヘルスケア領域の戦略コンサルティングやスタートアップ支援に携わり、グローバル製薬・アカデミア・ベンチャーを横断する視点からイノベーション創出のためのエコシステムづくりを推進。Mentor of the Year -Life Sciences & Healthcare受賞。

林田 丞児 氏 | PARKS EIR / AcmeX Partners 代表社員CEO / HISHOH Biopharma 取締役COO

大分県出身。シカゴ大学PhD、MSKCCポスドク、アステラス製薬を経て、慶大発再生医療スタートアップ取締役副社長COO。現在、AcmeX Partners代表としてアーリーステージ創薬系スタートアップの経営支援、PARKS EIRとして九州・沖縄圏アカデミア発シーズの社会実装、HISHOH Biopharma COOとして次世代アレルゲン免疫療法の事業化に従事。

喜早 ほのか 氏 | トレジェムバイオファーマ株式会社 代表取締役社長

トレジェムバイオファーマ株式会社 代表取締役社長(京都大学発ベンチャー)
創薬研究者としての知見を生かし、京都大学発のバイオベンチャーを設立。アカデミア発シーズの事業化に挑む実践者として、研究と経営の両立に取り組む。

土岡 由季 氏 | 株式会社ジェネシア・ベンチャーズ Investment Manager

ライフサイエンス・ヘルスケアを含むディープテック領域中心に、研究者・起業家の挑戦を支援。

大手製薬企業でのR&Dおよび事業開発経験を経て、アカデミア発シーズやディープテック分野への投資・伴走に従事。国内外のバイオスタートアップエコシステムを熟知し、研究・事業・資本をつなぐ役割を担う。

トークセッション①:アカデミア発エコシステムのリアル──「翻訳」と「覚悟」

最初のセッションでは、PARKS EIRの林田氏とトレジェムバイオファーマの喜早氏が登壇。アカデミアの技術をビジネスの世界へ持ち込む際の障壁(ハードシングス)と、それを乗り越えるためのマインドセットについて、リアルな視点から語られました。

研究室の論理 vs ビジネスの論理

議論の口火を切ったのは、アカデミア発スタートアップの初期段階における最大の壁、「研究者と経営者の共通言語の欠如」についてでした。林田氏は、自身の経験を交えてその難しさを語りました。

「先生方の興味は『最先端科学の追求』にありますが、事業化においては必ずしも最先端科学追及への注力が正解ではなく、ビジネス化のための研究活動が実施できているかが問われます。『やりたい研究』と『売るための研究』の間にあるギャップを埋め、先生方のストレスを緩和しながら現実的な着地点を見つけること。これが最初のハードルです」

実際に研究員から社長になった喜早氏も、この「翻訳」の苦労に深く共感しました。共同創業者である恩師の研究者に対し、「その研究はいつお金になりますか?」と直球で問いかけたエピソードを披露。研究費獲得や学術的成果の創出を価値とするアカデミアの文化と、収益化を目指すビジネスの文化の違いを乗り越えるには、師弟関係であっても忖度なしに本音で議論できる信頼関係が不可欠であると強調しました。

九州だからこそ描ける「アジア戦略」

議論は、九州というフィールドの可能性にも及びました。林田氏は、東京や大阪の後追いをするのではなく、九州の地理的優位性を活かした独自の戦略を提唱します。

「九州は、物理的にも心理的にもアジアに近い。いきなりアメリカを目指すのではなく、台湾や韓国を含めたアジア市場を視野に入れ、九州発の『アジア的日系バイオベンチャー』としてグローバル展開を目指すルートがあってもいい。大陸に近いというメリットは、最大の武器になり得る」

これに対しモデレーターの黒田氏も、「グローバル製薬企業の視点でも、アジアにおけるハブ機能は常に模索されている」と指摘。EIRとして数多くのシーズに触れる林田氏の「アジアに近い」という視点は、九州のエコシステムが目指すべき一つの解として会場の共感を呼びました。

トークセッション②:グローバルエコシステムの最前線──「人材のシャトルラン」

セッション2では、VCの土岡氏が加わり、グローバルな投資環境と人材流動性をテーマに議論が展開されました。世界的なバイオ投資の潮流と、日本が直面する課題、そしてその解決策としての「キャリア循環」に焦点が当てられました。

世界の投資潮流と日本の現在地

「2025年はバイオ投資全体が冷え込んだ『冬の時代』と言われるが、その中でも投資対象のトレンドは確実に変化している」と土岡氏は分析しました。かつて遺伝子治療や再生医療に流れていた資金が落ち着きを見せる中、林田氏は具体的なトレンドの変化について言及しました。

「かつて日本でも流行したプラットフォーム技術への投資から、海外では投資目的とリターン目標が明確なセラピューティクスパイプラインを持つ企業へと関心がシフトしています」(林田氏)

また、日米の資金調達環境の格差についても生々しい数字が挙げられました。林田氏は「日本のシリーズAの調達額は、アメリカではシード期、あるいはそれ以下という桁の違いがある」と指摘。ユニコーンを目指す創薬ベンチャーにとって、国内の資金だけでは限界がある現状が共有されました。

しかし、だからといって盲目的にシリコンバレーやボストンなど米国を目指すべきではないという点でも意見は一致します。不確実性の高いアーリーステージにおいては、日本やアジアで足場を固め、グローバルで戦えるチーム組成(CxOの配置など)を整えてから打って出る戦略の重要性が説かれました。

キャリアの「シャトルラン」がイノベーションを生む

本セッションの一番の盛り上がりとなったのは、人材の流動性に関する議論です。土岡氏は、グローバルな視点で見ると、博士号取得者が製薬企業へ行き、その後VCやスタートアップを経て、またアカデミアに戻るといった「人材のシャトルラン(往復)」が頻繁に行われていると指摘します。

そして、「研究者、投資家、起業家といった立場はあくまで手段に過ぎない。どの立場であっても『サイエンスで社会を良くしたい』という野望は共通している」と語りました。

これを受け、黒田氏も深く同意します。「ビジネスの現場と研究の現場では使う用語が全く違うため、共通言語を持つことがビジネスをブレイクスルーさせる上で非常に重要だ」と指摘。自身のキャリア(研究者から製薬企業へ)も踏まえ、異なる立場の背景を理解することの重要性が再確認されました。

質疑応答ハイライト

会場からは多数の質問が寄せられました。その中から、特に議論を深めるきっかけとなったトピックを紹介します。

アカデミアの先生にお金の話をどう切り出すか?

「先生方に『来年度の予算はいくら必要か』と聞いても、分からないことが多いのが現実です」という悩みに対し、喜早氏は「元々決められた枠組みの中で研究することに慣れているため、こちらから『何をしたいか』を聞き出し、一緒に予算を組み立てていく姿勢が必要」と回答。研究者の思考様式に寄り添う重要性が示されました。

ビジネスとして成立するプロダクトの条件とは?

「技術的に世界一であること(技術的優位性)と、マーケットが存在することの両輪が必要」と林田氏は指摘。一方で喜早氏は、「市場が一見小さくても、『待っている患者さんが確実にいる』ことを可視化し、伝えることが重要」と語りました。

これに対し黒田氏も、「製薬業界全体でも、希少疾患(オーファンドラッグ)への対応でニッチトップを目指す戦略は重要視されている。マス市場だけでなく、アンメット・メディカル・ニーズの深さを突くことが事業化の突破口になる」と解説し、議論に厚みを加えました。

創業のDay1から海外を目指すべきか?

「やはり創業時から海外を意識する必要があるのでしょうか?」という問いに対し、土岡氏は「海外展開を視野に入れること自体は重要だが、どの拠点が自社の優位性と最も相性が良いかの見極めが大切」と回答。必ずしもシリコンバレー一択が正解とは限らず、ボストンなど他の拠点も台頭する中で、「『日本の良さ』をしっかり定義し、海外の強みとどう掛け合わせるか(いいとこ取りするか)を議論し、整理していく必要がある」と、冷静な戦略眼の必要性が共有されました。

九州・福岡の魅力とは?

「九州外から見た福岡のポテンシャルは?」という質問に対し、黒田氏は「空港へのアクセス、食の美味しさは人を惹きつける強力な武器。福岡には『おもてなし』の文化と、コミュニティの温かさがある」と回答。 さらに喜早氏も、「福岡で学会が開催されると出席率が非常に高い。これは交通の便の良さと街の魅力が人を呼んでいる証拠だ」と語り、都市としてのポテンシャルの高さを強調しました。

また林田氏は、「投資の世界も『西高東低』として、実は西日本、九州の方はリスクマネーに寛容という意見も聞く。このポテンシャルをうまく活かせれば、大きなチャンスになる」と補足し、九州の可能性を改めて確認する機会となりました。

交流会

トークセッション終了後は、軽食とドリンクを囲みながらのネットワーキングセッションが開催されました。

特に印象的だったのは、熱心な学生が登壇者に歩み寄り、熱く議論を交わす姿です。世代や立場を超えた対話が自然と生まれる光景は、まさにこの場が新たなエコシステムの萌芽であることを予感させました。

アンケート結果

イベント後のアンケートでは、参加者の満足度は80%に達し、「新しい気づきやアイディアが得られた」と回答した参加者は100%となりました。登壇者や他の参加者と「今後も連絡を取りたい」とした回答も100%(「強く思う」60%、「思う」40%)となり、継続的なコミュニティへの渇望が見て取れる結果となりました。

自由記述では、「大企業での経験者が若手を育成する場としてスタートアップを活用するのは理にかなっている」「福岡は東京・大阪のように人がごった返しておらず、アジアの玄関口として密な相互作用が期待できる」といった、エコシステムの本質や福岡の独自性に関する深い洞察が寄せられました。また、アカデミアと投資家の両方の視点を持つ登壇者の「ニュートラルな眼差し」や「論理的ではない部分も重要」という言葉に感銘を受けたという声も聞かれ、参加者の視座の高さがうかがえる結果となりました。

まとめ:九州から始まる「ジブンゴト化」と共創

今回のイベントで浮き彫りになったのは、九州におけるエコシステムの明確な輪郭でした。

まず、喜早氏の実践が示すような「研究者とアントレプレナーの相乗効果」による推進力です。アカデミアの研究者が持つ画期的なシーズと、それを事業化へと導くビジネスサイドの視点が、対等なパートナーとしてタッグを組むことで、社会実装への道が大きく拓かれていくでしょう。

そして、林田氏や土岡氏が指摘した「福岡独自の地理的戦略」です。福岡の強みはアジア市場への近さであり、無理に北米と戦う必要はありません。この「地の利」を活かすことこそが、グローバル展開への最短ルートとなるはずです。

しかし、戦略以上に会場を包み込んでいたのは、登壇者全員に共通する「ジブンゴト化」する力でした。 評論家になるのではなく、自らプレイヤーとして動き、周りを巻き込んでいく。モデレーターの黒田氏が語った「クリエイティビティを使って、みんなで『わちゃわちゃ』新しいものを作っていく」という言葉は、まさにこの主体的な姿勢がコミュニティ全体に伝播していく様を象徴しています。

そして学生、研究者、VC、行政がそれぞれの立場で参加し、フラットに課題を共有し合ったこの夜の光景こそが、2026年1月にオープンする「エフラボ九大病院」が目指す姿そのものでしょう。 

本イベントは、土岡氏の言葉「Keep In Touch(つながり続けること)」を合言葉に、この場で生まれた熱いつながりが、やがて九州から新たなイノベーションを生み出す土壌となることが期待される場となりました。

次回イベントのご案内

Life-Science Insight Vol.07 未来を創る“仕事人”たちに迫る 〜見抜く、育てる、世界へ押し出す:VC、コンサル、アクセラレーターの真髄とは〜

次回のイベントでは、スタートアップの成長を加速させる「仕事人」たちに焦点を当てます。VC、コンサルタント、アクセラレーターなど、異なる立場からエコシステムを支えるプロフェッショナルが集結し、その役割と真髄に迫ります。

  • 日時: 2025年12月19日(金)18:00〜20:30(予定) 
  • 会場: 九州大学医学部 百年講堂(福岡市東区馬出3丁目1番1号) 
  • 対象:ライフサイエンス/バイオ系スタートアップ、製薬・事業会社のR&D・CVC担当者、大学・研究機関・支援機関関係者、投資家・VC関係者 
  • 参加費: 無料

プログラム(予定)

  • パネルディスカッション 

テーマ:未来を創る“仕事人”たちに迫る 〜見抜く、育てる、世界へ押し出す:VC、コンサル、アクセラレーターの真髄とは〜

  • VCリバースピッチ 

投資家自らが語る「次に投資したいテーマ」

  • ワークショップ&交流会 

サイエンスをビジネスに変える一言 〜エレベータートークの極意〜

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主催: 福岡地所株式会社

企画運営: Co-Studio株式会社

備考: 本イベントは、福岡県認定バイオインキュベーション施設運営事業費補助金を活用しています。

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