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イベントレポート:製薬、EIR、産学連携──異分野のプロが語る九州のポテンシャル

2025年10月27日、福岡市にて、「九州シーズに未来はあるのか?──製薬出身人材×EIR×産学連携が拓く社会実装のリアル」と題したイベントが開催されました。
製薬業界のリアル、起業家育成の最前線、そして大学発シーズの実用化を担う産学連携の現場から、それぞれの専門家が登壇。
九州、特に福岡が秘める研究シーズの可能性と、その社会実装に向けた課題について、白熱した議論が交わされました。

本稿では、当日のトークセッションの内容を整理・再構成し、九州における研究開発型スタートアップエコシステムの未来を探ります。

登壇者紹介

本イベントには、異なるバックグラウンドを持つ3名のプロフェッショナルが登壇しました。

小澤 郷司 氏 | Firebird Biologics Pte. Ltd. VP, Japan & Korea / ㈱do.Sukasu COO / ㈱Real Discovery Outdoors 代表取締役社長

元・ノバルティスファーマ。製薬・コンサルティング業界で新薬開発や事業開拓を経験後、ヘルスケア領域のスタートアップ経営に複数関与。アカデミア発シーズを実用化へとつなぐプロジェクトに携わり、臨床開発から事業化まで幅広い知見を持つ。シンガポール拠点新興製薬会社Firebird Biologicsでは中東アフリカ・アジア・オセアニアをマーケットに日米欧でのシーズ探索、ライセンス、承継の事業開発、臨床開発、組織開発に従事。

塚原 翔 氏 | ANRI / Entrepreneur in Residence (EIR)

元・武田薬品工業。製薬企業を退職し、現在はEIRとして大学・研究機関のシーズ探索やスタートアップ支援に従事。米国シリコンバレーでの日系企業向けのイントレプレナーシッププログラム経験も持ち、日本と海外の起業環境や人材流動性について幅広い視点を提供。

仕田原 和也 氏 | 九大 OIP 株式会社 サイエンスドリブンベンチャーサポート コーディネーター

IT企業を経て、2019年に福岡市の官民共働型スタートアップ支援施設Fukuoka Growth Nextに出向。施設入居企業に対して技術サポート・事業支援サービスの企画・運営、マッチング促進機会となるセミナーや講演会イベントを年100本程度実施。入居企業への支援と並行して、スポンサー地場企業とのマッチングの促進に資するヒアリングと機会提案を提供。

トークセッション①:製薬出身人材の可能性とEIRのリアル

最初のセッションでは、Firebird Biologicsの小澤氏とANRIのEIRである塚原氏が登壇。製薬業界でのキャリアを持つ二人が、その専門性をスタートアップエコシステムでいかに活かすか、そしてEIRという新しい働き方の実態について、リアルな視点から語りました。

「一人で何でもできる」は幻想?製薬人材の専門性と限界

議論の口火を切ったのは、製薬業界における人材の専門性とその裏返しであるキャリアの硬直性についてだった。小澤氏は、大手製薬会社の分業体制がもたらす課題を指摘します。

「マーケティング部にいても、ある人は資料作成だけ、ある人は市場調査だけを3〜5年やり続ける。そうなると、いざ転職しようとしてもキャリアの幅が狭まってしまう。特に今、大手でリストラが進む中、そうした人材が苦戦しているケースは少なくない」

塚原氏もこれに同意。特に日本人は「少し経験しただけでは『できる』と言わない」という文化的な傾向があり、これがキャリアの可能性を狭めていると分析します。一方で、アメリカのスタートアップ文化では、少しでも経験があれば積極的にアピールし、採用側も100%の完成度を求めずにポテンシャルを評価する土壌があると語りました。

この議論は、製薬業界からスタートアップへの人材流動性を高めるためには、個人の意識改革だけでなく、受け入れるスタートアップ側のマインドセットも重要であることを示唆しました。

EIRのリアル:1年間で起業は可能か?

次に焦点が当てられたのは、塚原氏が実践する「EIR」という働き方です。1年間という限られた時間の中で、自らがCEOとなるべきシーズを見つけ出し、起業する。そのプロセスは、決して平坦な道のりではありません。

「1年は短い。シーズを見つけるだけでなく、その後のギャップファンドを獲得し、2年目以降の自分の人件費まで確保しなければならない。良いシーズほど既にVCがついていたり、スタートアップ準備中だったりする。製薬会社の事業開発の目線で言えば、1000件話を聞いて、ものになりそうなのは3、4件というのが現実だ」

塚原氏は、シーズ探索の難しさを率直に語りました。また、成功の鍵を握るのは「研究者との関係性」だとも指摘。研究に没頭し、経営はプロに任せたいという考えの研究者と組むことが理想であり、研究者自身が経営の主導権を握ろうとする場合は、失敗する可能性が高いと、塚原氏の経験から警鐘を鳴らしました。

製薬人材がスタートアップで活きる領域とは

議論は、製薬人材が実際にスタートアップでどのような価値を発揮できるのかという具体論へと展開していきます。小澤氏は、製薬業界での経験が活きる領域を語りました。

「製薬会社を顧客とするスタートアップであれば、製薬人材は圧倒的に有利だ。顧客が何を求めているか、どんなデータが必要か、リアルワールドデータをどう活用すべきか──こうした理解は、製薬会社で働いた経験がなければ得られない」

塚原氏も、規制対応の経験が大きな武器になると補足します。ヘルスケアは規制産業であり、GLP、GMPといった国際基準への理解や、承認プロセスの知識は、スタートアップが成長する上で不可欠な要素だ。また、製薬マーケティングに必要なサービス開発においても、現場を知る人材の存在は大きな差別化要因となります。

こうした議論を通じて、製薬人材は「狭い専門性」に悩むのではなく、その専門性こそが特定領域で強力な武器になることが再確認されました。

トークセッション②:産学連携の現場から

セッション2では、九大OIPの仕田原氏が登壇し、大学発シーズを社会実装する産学連携の最前線について語りました。アカデミアの論理とビジネスの論理が交差する現場ならではの課題と、九州が秘める可能性が浮き彫りになりました。

「入口はどこ?」大学シーズに辿り着くための壁

塚原氏のようなEIRがシーズを探す上で、最初の壁となるのが「大学のどこに、何を聞けばいいのかわからない」という問題です。仕田原氏は、大学が縦割り組織であることが、外部からのアクセスを困難にしていると認めました。

「九州大学は我々のような組織が窓口として機能しているが、地方大学ではさらに困難になる。そもそも、基礎研究の成果は世の中にまだ存在しない概念であることが多く、研究者本人にしかその価値が理解できない。それをビジネスサイドの人間にわかるように『翻訳』し、可視化するプロセスが不可欠だ」

千葉大学がインフォグラフィックを用いて研究シーズを分かりやすく紹介している事例を挙げつつも、そのために専任の担当者を雇用しているという事実に、この「翻訳」作業の難しさと重要性が示されました。仕田原氏は、研究とビジネスをつなぐコーディネーター人材が圧倒的に不足していると訴えます。

九州の地理的優位性とアジア戦略

議論は、九州のポテンシャルへと展開します。仕田原氏は、九州の地理的優位性を強調し、グローバル戦略におけるアジア市場の重要性を説きました。

「福岡から台湾や韓国へは、東京に行くのと時間的に大差ない。いきなり米国や欧州を目指すのではなく、アジア市場を足がかりにする戦略は非常に有効だ。特にシンガポールはアジアにおけるリファレンス・カントリーであり、ここで承認を得ることで他のアジア諸国への展開が容易になる」

この点について小澤氏も、再生医療やコスメ分野では韓国市場が魅力的であると補足しました。一方で、創薬に関してはシンガポールは投資マネーの集積地としての役割が大きく、開発拠点としては韓国などに分があると分析し、一筋縄ではいかないアジア戦略の複雑な側面も示しました。

競争が少ない「地方」こそチャンス

セッションを通じて一貫して語られたのは、九州という「地方」が持つ逆説的な可能性です。塚原氏は、東大・京大・阪大といったトップ大学の有力シーズは、既にVCなどが唾をつけており、競争が激しいと指摘します。

「ビッグネームの大学はメールの返信率も低く、交渉も複雑になりがちだ。一方で、九州や地方の大学はまだ十分に探索されておらず、そこにこそチャンスが眠っている」

仕田原氏も、九州全域の国公立大学から年間約150件のシーズが生まれているというデータを提示しました。これらのシーズと、CxOバンクなどに登録されている首都圏の経営人材や、製薬業界からのキャリアチェンジを目指す人材とを結びつけることができれば、新たなイノベーションの潮流を生み出せるのではないか ーそんな期待感を抱かせる議論が展開されました。

質疑応答ハイライト

会場からは、オンライン・オフラインを合わせて多数の質問が寄せられました。その中から、特に議論を深めるきっかけとなったトピックを紹介します。

セッション①関連

家族の理解をどう得たか?:
「起業に向かってチャレンジをするのにご家族の理解はどのようにされましたか?」という質問に対し、塚原氏は「妻にもMBAを取得してもらい、長年かけて起業を身近に感じてもらった。家族の理解は一朝一夕には得られないが、対話を重ねることで徐々に醸成できる」と回答。
起業という大きな決断には、家族を含めた周囲の理解が不可欠であることが共有されました。


製薬会社に売りやすいシーズとは?: 
「製薬会社に売りやすいシーズはどういうシーズですか?」という質問に対し、
小澤氏は「製薬会社が抱える具体的な課題を解決できるシーズ、特にリアルワールドデータの活用や薬事承認プロセスの効率化に貢献できるものは関心が高い」と回答。製薬会社の現場ニーズを理解することの重要性が強調されました。

セッション②関連

九州外から見た九州の評価:
「九州外の人から見て九州ってぶっちゃけどんなですか?研究シーズの質や量や起業家の質や支援インフラなどなど」
という質問に対し、塚原氏は
東京の大学に比べて競争が少なく、研究者とのコミュニケーションも取りやすい。シーズの質は決して劣っていない。むしろ、まだ発掘されていないポテンシャルが大きい
と回答。九州の可能性を改めて確認する機会となりました。

事業化リソースの不足をどう補うか?:
「シーズを翻訳したとして、事業化に向けた動きをするにはリソースが足りないとなった時に、何があるとその穴を埋められそうですか?」
という質問に対し、仕田原氏は
「中立な立場に立てるコーディネーター人材と、事業会社との連携の両方が必要。特に初期段階では、利害関係のない第三者が入ることで、研究者と経営人材の橋渡しがスムーズになる」
と回答。産学連携の実務的な課題が浮き彫りになりました。

交流会

トークセッション終了後は、軽食とドリンクを囲みながらのネットワーキングセッションが開催されました。
バイオ・ライフサイエンス領域のスタートアップ経営者や研究者、製薬企業の新規事業担当者、ベンチャーキャピタル関係者、そして地域でバイオエコシステム形成に取り組む行政・支援機関の担当者など、多様な属性の参加者が交流を楽しみました。
登壇者を交えた個別相談や、参加者同士の名刺交換が活発に行われ、セッションでは語り切れなかった具体的な課題や連携の可能性について、深い対話が交わされた夜になりました。

アンケート結果

イベント後のアンケートでは、参加者の満足度は100%(「とても満足」64%、「満足」36%)に達し、「新しい気づきやアイディアが得られた」と回答した参加者も100%となりました。次回イベントへの参加希望率も91%と極めて高く、本イベントが一過性のものでなく、継続的なコミュニティ形成への強い期待感を生んだことが明らかになりました。

まとめ:九州から始まる、新たな社会実装のカタチ

今回のイベントは、九州の研究シーズが持つ大きな可能性と、その社会実装を阻む構造的な課題の両方を浮き彫りにしました。製薬人材の専門性の活かし方、アカデミアと産業界をつなぐ「翻訳」人材の不足、失敗への寛容性の欠如──これらは日本全体が抱える課題であり、一朝一夕に解決できるものではありません。

しかし、だからこそ九州には大きなチャンスがあります。首都圏に比べて比較的狭いこのコミュニティだからこそ、製薬出身人材、EIR、研究者、産学連携コーディネーター、VC、行政・支援機関といった各ステークホルダーが顔の見える関係を築き、連動してエコシステムを回すことができています。「良いシーズは競争が激しい。だからこそ、まだ見ぬ地方にチャンスがある」という塚原氏の言葉は、まさにこの可能性を象徴しています。

大切なのは、既存の枠組みから「はみ出る人材」を、このコミュニティ全体で応援していくことだ。製薬会社を飛び出してEIRに挑戦する人、研究一筋だったが事業化に興味を持ち始めた研究者、地方大学のシーズに可能性を見出す投資家──こうした挑戦者たちを孤立させず、つなぎ、支える仕組みが必要です。

その受け皿として、エフラボ九大病院は重要な役割を果たすことが期待されます。研究者と経営人材をつなぐ場、失敗を許容し次の挑戦を後押しする文化、そしてアジアへの地理的優位性を活かした戦略を共に描く拠点として、エフラボは九州のバイオエコシステムの中核を担う存在になりえます。

今回のイベントで生まれた熱を絶やすことなく、継続的な対話と実践の場を育んでいくこと。そして、はみ出る勇気を持った人材を、みんなで盛り上げていくこと。それこそが、九州から新たな社会実装のカタチを生み出す鍵となるに違いないと実感したイベントでした。

次回イベントのご案内

バイオエコシステムの現在地──アカデミアとグローバルが描く共創の未来

日本のバイオ・ライフサイエンス分野では、大学の研究成果が産業・投資・政策と結びつき、イノベーションを生み出す「エコシステム」づくりが各地で進んでいます。次回イベントでは、アカデミア・スタートアップ・グローバル企業・投資家という異なる立場から、エコシステムを実践してきた登壇者が集結。研究から事業へ、国内から世界へ──それぞれの現場で起きている「人と知の循環」を共有します。

  • 日時: 2025年11月20日(木)16:00〜18:20
  • 会場: ONE FUKUOKA BLDG. 6F SKYLOBBY(福岡県福岡市中央区天神1-11−1)
  • 定員: 80名
  • 参加費: 無料(17:00以降アルコール提供・ネットワーキングあり)

登壇者:

  • 林田 丞児 氏(PARKS EIR / AcmeX Partners 代表社員CEO / HISHOH Biopharma 取締役COO)
  • 喜早 ほのか 氏(トレジェムバイオファーマ 代表取締役社長 / 京都大学発ベンチャー)
  • 土岡 由季 氏(株式会社ジェネシア・ベンチャーズ Investment Manager)
  • モデレーター:黒田 垂歩 氏(ブラックフィールズコンサルティング CEO)

詳細・お申し込みはこちら

主催: 福岡地所株式会社

企画運営: Co-Studio株式会社

備考: 本イベントは、福岡県認定バイオインキュベーション施設運営事業費補助金を活用しています。

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